水と石油では、どちらが値段が高いだろうか?そう聞かれたら、だれしも「石油」と答えることだろうが、サウジアラビアでは違う。サウジアラビアでは石油は豊富だが、水は少ない。というのも乾燥気候のため、年じゅう水がある川や湖がなく、年間通して自然界に存在する水といえば、地下水だけなのである。そこで、水を手に入れるためには、地下水を汲み上げなければならない。近年では、砂漠緑化計画がさかんで、センターピボット方式と呼ばれる巨大なスプリンクラーを用いて大規模な灌漑を行ない、これまで砂漠だったところに点々と農場が誕生したが、それには大量の水が必要となる。地下水をくみあげるだけでもお金がかかるのに、地下水だけではとても、生活用水や灌漑用水をまかないきれない。そこで、サウジでは、石油を売って得たお金をつぎこみ、なんと水を手に入れているのである。そのひとつは「化石水」。アラビア半島に水が豊富だった氷河時代の水が、「化石水」として地下深くに眠っているのだが、これを掘り出す。また、膨大な費用をかけて海水淡水化プラントをつくり、海水を真水に変えたりもしているし、最近では、パイプラインでトルコから水を運ぶ計画もある。日本人には信じられないが、水を手に入れるためには、石油を手に入れるよりはるかにお金がかかるのである。隣のアラブ首長国連邦ではもっと極端。化石水に乏しいため、もっと費用のかかる海水淡水化プラントを用いるしかなく、それで手に入れた水を飲み水にも砂漠緑化にも使う。そのため、「ミネラルウォーターを芝生や街路樹にまいている」といわれている。
パリを訪れる日本人旅行者の多くは、この街を歩いている人が皆、フランス人だと思っている。だが実際には決してそうではない。むろんパリはフランスの首都だから、フランス人も多い。しかし、同時にここはヨーロッパの中心地であり、アラブ、中近東、アフリカ諸国への玄関口なのだ。従って、パリには様々な国籍、人種、階層の人々が移民として流れ込む。そしてもちろん“花の都・パリ”のイメージに誘われて世界中から観光客が集まる。だからパリの素顔はニューヨークに似たコスモポリタン(国際都市)だといえる。そして、そこを歩く人はエトランジェ(異邦人)が多い。またパリは、伝統的に各国の政治亡命者を進んで受け入れる、大変懐の深い政治都市でもある。極端に言えばパリはフランスではない。パリというひとつの独立した文化圏なのだ。そしてコスモポリタンゆえに温かさも冷たさも持っている。それが、パリという都市の面白さなのだ。しかもこの街は異邦人が多いために、非常に分かりやすくできている。初めてパリを訪れた人でも、2、3日するともう何年も住んできたような錯覚に陥るだろう。そして、その暮らしに憧れてパリで暮らし始めた人は、誰でもパリジャンになれる。だが逆に何年か暮らしてみると、いつまで経っても、異邦人の扱いから抜けられないようなよそよそしさを感じるはずだ。それがまたパリという街の奥深い魅力である。従ってこの都市を深く知るコツは、「冷たさ」を知ること。これがパリのコスモポリタンライフのポイントだろう。
かつて沖縄が古琉球といわれていた時代は、ひらがな表記が主流だったこと。1609年の島津侵入以後、検地帳の作成が行われ、これによって漢字表記が主流になったのだが、その際、どの文字を使うかが決められていった過程は地名によってさまざま。ひらがな表記から音が拾われ、そのまま漢字をあてたものもあるし、まったく読みと漢字表記の関連性がうかがえないものもある。また、ひらがな表記に関係なく、方言の発音に漢字をあてていったものもある(注・ひらがな表記の音が、当時、実際に呼ばれていた地名と同じとは限らない)。ここにいくつか例を挙げてみよう。「方言の発音に漢字があてられた地名」「南風原」はかつてから方言でフェーバルまたはヘーバルと呼ばれている。「フェー」とは南を意味する言葉。この地名は首里城の南に位置するところからつけられた。「南」と同じ意味で使われる言葉に「南風」があり、これにハル(バル)と読む「原」をつけたと考えられる。