大学入試をサポートする存在として、忘れてはならない存在があります。それが、あくまでも地元への貢献を主とした塾です。身近を見回すと、きっとそうした塾もあるはずです。規模が小さいからといって見過ごしてはいけません。規模は小さいものの、大学入試に確固たる実績をもっているところもあります。そうした塾は、じつは、多くの有名予備校がそうであったように、次代の実力校になる可能性を秘めているかもしれません。そうした塾のメリットは、およそ次のようなものがあります。○地元だから、通いやすい。○経営者層(塾長など)も知っているから、融通がきく。○小中学校時代も通っていたので親しく、相談や質問もしやすい。○自分の環境を理解しているから、気分的にも落ち着く。○採点などのアルバイトをしながら、教えてもらえる。全体に共通していえることは、塾の規模が、まだ巨大化していないので、柔軟性があることです。
なぜ、子どもの教育に関して首尾一貫しないことが生じてしまうのだろうか。それは進学塾などで、子どもや学校を単に偏差値でしか判断しないためである。その中学の校風や教育目標などは後回しにされ、偏差値が一つでも高いところへ入れようと、塾も親も必死になってしまうから、この家族のような、他人から見ると少し変わった図式が成り立ってしまうのだといえよう。となれば、だれが見てもこんなバラバラな家族はおかしな光景なのだが、当事者はほとんどそれに気がついていない。それが、受験競争に巻き込まれてしまっている親子の心理と言える。たぶん気がつくのは、子どもが大学に入った頃か、その大学を卒業して就職する頃ではなかろうか。なお、現在は公立中学では偏差値を使った進学指導は行っていない。しかし、学校の外(会場テストなど)や塾では偏差値の出るテストを今でも行っているから、ほとんどの高校は実質的に序列化されている。
テストでやさしい問題のとき、「こんなのできるに決まっている」と思い込んで失敗したとか、できたつもりなのにできなかったという話をよく聞きます。これは自信過剰なタイプによく見られます。一見、ウッカリミスと思われがちですが、じつはそうではなく、「思い込み」や「単なる習慣化」による見落としと考えたほうがよいでしょう。ウッカリミスは、誰にでもあることです。しかし、思い込みや習慣化が根付いてしまうと、そう簡単には直りません。こんなとき「凡ミスなのだから、次にちゃんとやればいい」などと呑気にかまえていると、再びミスを繰り返すことになります。はっきりいえば、ささいなミスで二〇点失うのも、ほんとうにわからなくて問題が解けずに二〇点失うのも同じことと思わなければいけません。ミスで失点した場合は、ミスをした個所の練習問題をより多くやるなどして、ここはミスしやすい個所だということを頭に叩き込み、思い込みや習慣化を取り除かないといけません。これと似たケースは、社会人の場合にもあります。いつもやりなれている仕事で、しかも自信がある業務の場合、どんな難問がふりかかってきても大丈夫だと思い込むものです。そんなとき、それまで蓄積した知識とノウハウで対応して絶対の自信があったのに、思わぬクレームがついたとします。これを「凡ミスだから、次はちゃんとやろう」と考えると、再び足をすくわれかねないのです。